日本特有の家族感で起こる、介護問題。

 

15年前から母がおかしいと感じ、翻弄されながら必死で母本人と父を説得し続け、

その5年後に母は若年性アルツハイマーと診断された。

父が母の病気と介護サービスを受け入れるまで、約10年かかった。


父は母の病を隠したがり、介護サービスを拒否し続けて10キロ以上痩せ、

そんな両親を見捨てる訳にもいかず、私の30代は泡のように消えた。


ポツポツと友人の中でも介護が始まっているが、

親や友人自身が受け入れられず、介護サービスを利用しないまま疲弊しているケースが増えている。


島国の日本は海外からも、心理学的にみても閉鎖的だ。

他者を受け入れようとせず、自己犠牲が美とされている。


母方の祖母は、母からの同居の提案を何度も拒否して長男である叔父に執着し、彼だけに介護させるというのが口癖だった。

その言葉の通り、祖母がアルツハイマーになってから叔父1人で介護を続け、

祖母が施設に入ったあと、叔父はゴミ屋敷と化した祖母の自宅で孤独死した。

葬儀中、祖母は叔父が死んだことを繰り返し忘れ、思い出しては泣き叫び、数年後に叔父を追いかけるように亡くなった。

まるでおばあちゃんが呪いをかけたように感じた。


「老後はお腹の子が面倒をみるのが当然。」と、妊娠中の女性が、

「自分が寝たきりになったら息子1人だけに介護させる!」と高齢の女性が、介護真っ最中の私に言ったことがある。

お子さん達が、第2・第3のおじちゃんにならないことを願うばかりだ。


年代的なこと、地域性もあるのかもしれないが、こういう考えの親がいる以上、

介護離職、ヤングケアラー、悲しい介護殺人は増える一方だろう。

(とはいえ、介護スタッフの不足も現状だ。

外国人スタッフを増やそうとはしているが、円安の日本に来て真面目に働いてくれる人は一握りだろう。)


アメリカでは子どもが生まれてすぐに親と別々の部屋で寝て、大学生になったら独り立ちさせるのが常識だ。

親も自身が年老いたら自発的に施設に入ってプロに頼り、無茶な延命もせず自然に近い形で自らの一生を終える。


私は母は好きだし、彼女が笑顔で過ごせるようにできる範囲で支えたいとは思うが、

手も足も不自由な身で全ての身体介護をすることは不可能だ。


もう15年を捧げたし、今後はプロに任せるしかないと思っている。

幸い母に関わるスタッフさん達は優しいし、母もいつも楽しそうにしてくれる。

おしゃべり好きな父もスタッフさん達のおかげで毎日イキイキしている。


人生は一度きりだ。


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